次の季節に行けるか

桜の花が散りつつある。地面に敷かれた花びらが風に吹き上げられ、やがて洗われる。淡い色の隙間から若葉が顔を出し、新しい季節へとぐんぐん進んでいく気概がある。日差しも強くなり、長袖をたくし上げる。日焼け止めを塗らないと。
いつもより早く電車に乗った。車窓に見える一軒家の瓦がキラキラと反射して視界から消える。遠くの背の高いマンションが青空に屹立している。あのピンを軸にして街がぐるぐる回転して毎日が過ぎていく。
JRに乗り換えると、朝から電車が遅れていた。一本早い電車に乗っていてよかった。いつもよりすし詰めの車内に充満する少しすえた臭いが初夏を覚悟しろと圧をかける。視線の先では、キャリア風の女性がずりずりもぞもぞとしている。ジャケットを脱ごうとしていた。ラフな無地のTシャツと白い二の腕が露わになり、朝日に当たるとやけに色っぽくクリーム色に照った。俺はなんてぎこちなくて後ろめたい。目を逸らす。目の前には背の低く丸いフォルムの40代ほどのサラリーマン。後頭部の先に丸見えなスマホ画面には、『東京 イチオシ!ソープ嬢♡』の文字が躍っていた。うわ、朝からもっとよくない!……ものを見てるし、見てしまったし。それにしても、風俗嬢という仕事は、とことんプライベート「感」の環境下で、逃げ場のないサービス業を従事するのだ……目の前の男のフケだらけのじっとり髪に目を逸らして、もう視線を落とすところはなく、ドア上の液晶モニターを見る。春になって、「電車の中のテレビ局」と銘打ち、さまざまな番組が打たれるようになった。吉本芸人と、TikTokと、HIKAKINと、大食い……。でも、チョコプラの変顔クイズ企画での「ひょんなことから全てを失った時の顔」はちょっと笑っちゃった。
大きなキャリーケースを携える外国人が増えた。朝の混雑に困惑している。でもちょっと楽しそう。アトラクション。
仕事中、もうワーキングメモリが限界値にきたみたい。相談して、今週は水曜から休みをいただいた。何も考えずに静かに黙って過ごしたい。