2022/06/09 リクルートスーツ

6月。
梅雨に合わせて、春の華々しい「新生活」の宣伝文句にカビっぽい生活臭が付着しはじめる。


夕方ラッシュの電車内は、軽く茹でたようなよろけた大人たちが吊り革に揺られて帰路についていた。
そのうちのひとり。
2人ほど隔てた先に、小柄なリクルートスーツの女性がいる。より小さく見えるのは、ちょうど疲れはじめる季節だからか。手垢にまみれた言葉として、フレッシュ…というか、初々しいというか。「働く」ってことでいえば、見てるこっちの胸が少しキュッとなる後ろめたささえ感じた。



胸にバッジがついてある。
沿線の百貨店のロゴと、「研修生」の印字。
付いてますよ、と声をかけようにも微妙に離れていたので、早々に諦め、窓の景色に目をやった。ぜんぜん見たくもないが自分の顔がよく見える。真っ黒のなかで、遠く藍色が静かに燃えていた。


どこかしら、しなっとした我が身を遠目で眺めているような、そんな疲労感は、数駅が過ぎた。
ふと気がついたころにリクルートスーツの姿はなかった。