2022/08/04 30歳

30歳になった。
晴れて20代と縁を切り、30代の仲間入りだ。
この世に生を受けてから、31年目がスタートした。




毎日は楽しい、となるべく思えたら嬉しい。
しかし、現実は気の塞ぐことが多い。とくにコロナ禍が長期化するにつれて、どんどんと心が霞む実感が増している。親友と呼べる数少ない人のひとりを亡くしてからは、頭に霧が立ち込める日々が続く。




今日は診察。
「30歳まで生きてこれたのは凄いことだ」と主治医は仰る。
30歳になった。
そうか。
30まで、頑張って生きてきたんだな。


たしかに、20歳になって「この歳まで生きてこれたなあ」と棒読みで誦んじても、イマイチしっくりこない。
これ、グッとくるのは、30歳になってからかもしれないな。
俺、30歳まで生きてこれたんだなあ。
現に今、グッときている。




誕生日にしては辛気臭いことばっか書き連ねてしまった。
生きていると、楽しいことや嬉しいことより、悲しい想いや辛い気持ちにやられることの方が圧倒的に多い。
でも、30まで生きてくると、それだけで、ちょっとした実績……というか、ほんの少しの慰めにはなる。かもしれない。
今、辛い20代を過ごしている人も、30歳を迎えてみてほしい。「ああ、頑張ったんだな」と自然に感じ入る一日を、自分への贈り物として想える。……かもしれないから。




30歳かあ。
嬉しいな。
30代、新入りです。
よろしくお願いします。

2022/07/30 冷凍室

昼に起きてから、ウダウダと自室で過ごしていた。
惰眠を貪るほどでもない眠気を持て余し、布団でダラダラと暇を持て余す。



日が暮れた。
と同時に、なぜか我がメンタルも沈み切った。
それはあまりにも急なことだった。さすがに突然すぎる急転直下で、「これは調子の良し悪しとかじゃないな」と勘づく。
しかし、あまりにも突然の気の沈みよう。まるで寝起きに踵落としを見舞われたような心境。そんなシチュエーション、ないけど。



自室を出た。
冷房は効いていない。
リビングで、麦茶を飲む。
冷房の付けていない無人のリビング。
温度計は33℃を指していた。


ほどなくして全身がジンジンとした違和感が襲う。
手足の末端から、なにか、ぐるぐると回って全身が巡っていくような、凍りついた身体を氷解していくような……。


熱中症かな、と思い、もう一杯だけ麦茶を注ぎ足し、ぐびぐび流し入れては自室へ戻る。
これがキンッキン。
寒くない。ただただ冷たい。
部屋の中が冷たすぎる。
まず床がキンキン。足裏がツンとする。
また部屋の扉のノブもキンキン。
しかも部屋の内側でなく、廊下側から。


温度計を見てみると、24℃と表示されていた。
それもそのはず、エアコンの設定を24℃にしたためだ。
こんなん、誰でもメンタルいくだろう。


ベランダに出る。
西の空が薄く明るく藍色に差していた。
身体がいよいよ血の巡りだし、先ほどまでの深い落ち込みが嘘のように晴れやかだ。



冷房には気をつけるべし。
皆の衆。

2022/07/25 先週金曜のこと

先週金曜日。
仕事が終わって、退勤のち、スーパー銭湯へ行こうと思い立つ。
日が伸びた夜6時はまだ「日暮れ」ともいえず、電車で隣町へ。


しかし。
なぜか。
急に。
気が乗らない。
シュルシュルシュル…と、銭湯欲が萎んでいってしまった。

お湯に浸かったり、サウナに入ったり、水風呂に唸ったり、外気浴したり、そういうことが、なんか、面倒くさいな。
悩む。
首を傾げる。
あれこれ考える。
行こうか…それともやめとくか…。
スーパー銭湯の建物の周りをぐるぐる歩き回る。
しかしどうして、よりによって、スーパー銭湯の目の前で、スイッチが切れてしまったか。




腹が減ったので、ひとまず近くのガストに入店。
から揚げ定食。
美味いな。
ファミレスに行くこと自体が数年ぶりだが、ファミリー層が郊外の様相だった。
「これが郊外か…」と、猫型の配膳ロボットを横目にしみじみ思った。



から揚げ定食を食べたら、身体がシャキッとし出した。
と同時に、脳も栄養が届いたのか、自分の体調をよく測定できるようになる。
なるほど。
そうか。
俺、あんま調子、よくないや。
スーパー銭湯、引き返しといて正解だったんだ。
張っていた糸が一気に弛む。
今週も、無理しなくてよかったんだよなあ。




ガストから少しロードサイドを歩く。
歩き出すと、いろんなことを考える。
体調がいいと、いろんな物語が数珠繋ぎのように浮かぶ。道ゆく人々や車の往来から、その人たちのストーリーを想像し、互いに交差させてゆく。創作欲を掻き立てて、ホクホクなウォーキングとなるのだ。


…が、精神面の体調が悪いと、そうはいかない。下手すればマイナスなことにマイナスをかけては二乗三乗と地中深く掘り進めてしまう。
ので、外の空気や、夜に暮れゆく風景によく目をやった。
目に見えるものを、たとえば、どうやって写真で撮るか、などなど、考えた。


思えば俺は、
景色や色、光の具合を見ているのが好きな子どもだった。

2022/07/19 一生は短い

一生は短いなあ、
と、ごく当然のことをしみじみ想う。
今年30歳になる俺が、これまでの月日をもう一度回すと、もう定年退職の歳になるんだからな。
ペットのインコも、天寿を全うするころには、俺は45〜50歳になっている。人の一生のうち、ペットを飼う機会は4〜5回あれば多いほうだ。


60を過ぎた両親のように、
「この景色が見れるのはあと何回か」
「あの街に旅行に行けるのもあと何回か」
「ペットを飼えるのもあと何回か」
と、ふと残りの日々を逆算して考えるようになるのも、人生の店仕舞いこと「終活」に手をつけ始めるのも、案外あっという間なのだろう。


信頼する人の、
「ただでさえ短いんだから、自分から死なずに、生き恥晒して生きてったほうがいいよな」
との言葉が、胸をじんわりと温めては、凍りきった思考を再び回転させてくれる。


一生は短い。
そのほかは、この世はサッパリと潔いほどに、何一つ知る由もないな。

2022/07/08 夏の朧月

今週は、以前から予想した通り、負荷の高い週だった。
社会人4年目かつ入社4年目。
ハッとすることが多い週でもあった。
我ながら、よく頑張った。


在宅で退勤後、歩いた。
この週の予想と対策を立てていたのもあって、体力に余裕がある。ふたたび我ながら、これは大きな成果だ。
ひたすら歩いたあとに銭湯で汗を流したい。
リュックには大小タオルや髭剃りセット、スキンケア系、それから着替え一式を詰め、いざ外出。
家を出て西に向きを変えると、滲みるほどの日差し。
風は乾いていて、秋を再現したかのよう。



車がビュンビュン行き交う幹線道路から、人影もなく雑木林がざわめく一本道まで、一定のリズムで歩き続けていた。
そんなこんなで、気づけばすっかり日も暮れていた。
歩数はなんと20,000歩。
距離にして16km。
まだ行けそう…な気がしてしまったほど、無心で歩いていた。ドラッグストアやスーパーも店を閉めるほどの時間に、銭湯に行く機会も逸してしまった。
節電に協力的なドラッグストアの看板は消灯され、頭上に霞む月がやたら幻想的に思えた。



今夜はだいぶ涼しく、汗もほとんど滲まない快適なウォーキング。しかし駅のホームでベンチに腰を下ろすと、途端に身体が重くなった。服はしっかり汗ばんでいる。歩きすぎた。
慌てて水分補給。身体が火照っていたことも気づかず、よく冷えた清涼飲料水がひたすらに気持ちいい。あっという間に1本消費したと同時に、待ってましたとばかりに身体がより熱くなった。同じ自販機で2本目を買う。
夕方のラッシュもすっかり去ったホームに人はなく、次の電車を気長に待つ。風がとにかく涼しく、汗を冷やすうちに肌寒さすら感じた。

2022/07/05 夜行布団で

夜になると身体がズシンと重くなる。
真っ暗な部屋の中で、自分の影が濃く重く引き伸ばされていく感覚。よからぬことを考えやすく、悲観的になりやすい。
誰もが通ってきた道だろう。
かつ、今も振り回されている人が数多いるだろう。
俺もそのひとりだ。眠れない。


深夜という時間帯は、ダウナーになりやすいという。
身をもって感じる。
だいたいメンタルの谷間は眠る直前。いつも血みどろ捨てごろのひと試合してから眠りにつく。
しかし、この時間の月はなんと魅力的なんだろう。
天気のいい日はベランダに出て、月の輪を眺めたり、月影をボーッと見る。ただ無心で。それがいい。
自室に戻り、布団に入ると、あんなに格闘していたのが嘘のように寝つきが良くなるのだ。


深夜が人々の鬼門となってしまう理由は、月に絡めた宗教めいた眉唾話はいくらでもあるが、結局、太陽が沈むことによって気持ちが暗くなるらしい。太陽から分泌されるセロトニンが切れることによって、メンタルが不安定になりやすいのだ。
セロトニンは偉大だ。太陽は素晴らしい。
朝、起き抜けがいちばん効果的にセロトニンを取り込めるそうだ。朝日がたまらなく心地よいのはそのためか。



月も好きだが、太陽もまたいい。

ちょうど去年の今頃、会社を3か月休職していた。
メンタルの不調が1段階深く行ってしまい、思うように動けなくなってしまった。元気な人でいう「適応障害」のようなもので、はじめは近所の図書館に歩いて行くにもままならなかった不調が、まとまって休養していると、次第に普段の体調へと戻っていった。
その3か月、よくしていたことが、夕日の写真を撮ることだ。とくに7月は日も伸びて、日差しも色濃くなっていく。微妙な色合いや光の明暗、雲の配置など全ての要素が合わさることは、その日をもって二度と起こり得ない。その妙味を楽しめるのは夏の夕景だろう。
うまく眠れなかった日は、日の出を待った。
いろんなことを考えすぎた末に全部忘れて、ただただ、ぼけたんと眺めていた。




明日起きたら、あえてベランダに出て、朝の柔らかい光を浴びよう。





雨かよ。

2022/07/04 月曜

上空にボール紙を被せたような、変な天気だ。
電車のドアの窓に水滴がかかる。
朝ラッシュの混雑にやられながら、鼻先の水滴を寄り目で追いかける。ヤツは、走り出すにつれ、ツーと後ろへ這っていき、やがて見えなくなった。
ひと駅ごとに、窓ガラスが乾いていく。
雨は降り止んでいた。
しかし小休止くらいのものか。
行く先々で、道路が光っている。


出社。
の、前に、めまい。
久しぶりにぐわんぐわんと目が回る。
あれ…。
オフィスの最寄り駅までは来たものの、ホームのベンチに腰掛けると、脚がなかなか動かない。
服が重たく感じるので、シャツを見ると、汗が全体にびっしょり。もはや違う色の服だ。
気温が低いから油断していた。
体感、涼しくても、汗の量は変わらなかった。
遅刻の連絡をし、蒸すも風の吹くベンチに座る。

風が心地よく、身体が癒されていく。お茶を浴びるほど飲むと、グングン回復した。
ちょうどラッシュが終わった頃に、オフィスへ向かう。
人通りはまばらだ。



無事、昼休み。
ココイチのカレーを食べた。
いつもより倍辛めで注文したが、思いのほか、まだいけた。
さすがに4辛を頼んだときはヒーヒー呻いたが…。
店をあとにすると、傘を差す人、傘すら持たない人、さまざまに、昼の街を行き交っていた。



今週から、少しずつ週5で働く頻度を上げる。
心身に負荷をかけぬよう、ゆっくりと週5に慣らしていくのだ。
しかしながら、今日の仕事は、手強かった。
なにより、せっせと働いたわりに進捗が重い。
これほど疲れる月曜日はない。



よく働いた。