東京タワー

自転車の速度を緩め、高輪ゲートウェイ駅近くのセブンに立ち寄った。ホイップクリームつきのどら焼きを買って食べる。甘くて美味しい。それより口中が痙攣したような痛みさえ感じるほど、身体が甘さを欲していた。糖分がよほど足りていなかった。さっき、私は戸越銀座商店街にいて、写真屋さんにフィルム現像をお願いしていた。それより前は渋谷に、もっと前には新宿にいて、自転車を降りて歩きながら写真を撮っていたのだ。そして今日撮ったフィルム4本を戸越銀座でお出しして、西大井、大崎、品川、と進んでいたところだ。今日、摂取したのはアクエリアスのみだった。どこかで軽く摂らないと、と思ってはいたが、機会を逸していて、先延ばしにもしていて、品川駅高輪口の交差点を横切る頃には、ヘロヘロになってしまっていた。
ホイップクリームどら焼きの甘さが、身体中に染み渡る。やけに胸が揺さぶられて、涙腺が緩みかけた。もちろん、帰り道はこれからが本番。自分で選んだルートとはいえ、ウンザリの圧勝で涙腺を抑え込んだ。

こういうこと、昔にもあったな。
今の自転車に乗る前、数ヶ月前まで現役だった先代の自転車に乗って、中学2年生の私は井の頭陸橋のローソンにいて、シーチキンおにぎりを頬張っていた。今にも泣きそうな面をしながらも泣きはしなかった。おにぎりの棚が二重三重に揺れていたのを今でも覚えている。あの時は、ふと思い立って川崎まで自転車を漕いで行ったんだ。何のためにか分からないけど、県境を越えたかったんだと思う。中2だし。小さな世界では大きなことに思えただろう。が、結局帰りの砧公園あたりでゼエゼエ言い出して、べそかきながら走って、やっぱダメ! ってローソンに駆け込んだんだ。シーチキンがいつもよりやけに甘くて、米粒がやけに粒立っていたのだが、なにより口中が痙攣するほどエネルギーを欲していた。そこから先は、全身の体温が+0.5度は上がったんじゃなかろうか、ってくらい、よくもって走れたんだ。今日とおんなじだ。



満足してもなかなか走り出そうとはしなかった。自転車のライト、つけたままだった。隣のほっかほか弁当が眩しくないかと思ったが、俺のって、思ったより光が弱々しかったみたい。対向に気を遣って一段階下げた光量にしていたけど、徒労かな。誰もそんなこと、気付くわけないしな。なんか俺のこういうところ、重くて疲れたなあ。自転車、乗りたくねえなあ。こっから日比谷まで上がり東京駅の横通って竹橋九段下飯田橋新目白通りを西に行って、ようやくゴール。長いなあ。愚痴ばっかだなあ。俺この頃愚痴と弱音ばっかだなあ。もう、いろいろと疲れたね。くすんでやがるなあ。

乗らなけりゃ進まないのでペダルを漕ぐ。途中で別れ道。右に行けば、銀座や日本橋。左は左で日本橋に行けるようだ。祝田橋方面。左折にしよう。
舵を左に切った。街灯のぼやけたオレンジと、白い蛍光灯のマンション群とコンビニ。味気もない場所から味気もない場所へ…。

と、瞬間、視界には、あまりに美しい建造物が飛び込んできた。天まで衝くかのような凛とした佇まい、土台から天に収斂されるがごとくしなやかな曲線がオレンジ色に光彩に湛えられ、私に立ちそびえる。東京タワーだ。

畏怖さえ感じる寡黙さが造形美に表れる。感動のあまり、言葉が詰まる。涙が少しだけ出た。ペダルを漕ぐのもほどほどに、陶然と東京タワーを眺めていた。そっか、この東京にはずっと立ちそびえているんだ。東京タワーの光は、この街に降り注いでいることを、理屈抜きで受け取った。この街には東京タワーがある。探せば見つかる。行けば会える。
写真に撮ってはみたものの、その威容さ、迫力、美しさ、ほとんど写せていなかった。まあ、いい。
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