夏に降る雪

夏に降る雪があるなんて昔話をきみは信じるだろうか? 僕が大人になったころ、テレビの気象予報士は「不思議なことです」と、台本通りにコメントしながらも、昂奮しているのは語気の強さでよくわかった。でも、大人のなかで昂奮した人は、少ないだろう。僕も憂鬱だった。なにせ、その日は僕の誕生日だったのだ。タンスの奥からダウンを引っ張り出して、最後に来たのがクリスマスだったな、と、さらに苦く思った。

僕の好きだった人は、クリスマスに亡くなった。駆けつけたときには、病床で静かに固まっていて、これが人の消えることか、と、それだけ、思った。あのとき、死ぬのにふさわしいのは、僕のほうだった。窓に粉雪が舞っているのを、ただ眺めていた。

あの日と同じ粉雪が、夏の街中にちらちらと舞い落ちる。地面が、粉砂糖のように薄っすらと白くなる。うんざりだ。早く帰って、このダウンを脱ぎ捨てたい。

しかしふと、気がついた。僕のように渋い顔した群衆の中、たったひとり携帯電話で写真を撮っている女性がいたのだ。彼女は、表情をなるべく変えず、それでも目を輝かせ、淡い雪景色をぱちぱちと撮っていた。

美しい、と思ってしまった。僕はしばらく、そのような心地と感情を味わうことのなかったし、もう二度と、ないものだと信じていた。が、こんな粉雪の降る夏に僕がまた生まれたことを、不覚にも、全身で思い知ってしまう。

だから、きみがママを美しいと思うのは、ごく自然のことなのだ。

友達からテーマを頂きました。 「憂鬱」「クリスマス」

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