ソーダ、クリームレモンソーダ

氷の結晶の角ばったように雨が地面を打った。晴れてばかりの東京都内、雨音を聞くのは久々のことだ。喜びも悲しみもしなかったが、吐いて吸う空気の違いが緊張を解した。

帰る家があるようなないような。自宅が自宅でない精神状態のときは、もしかしたら、もっとほかの家や、街や、海や森のなかに、私の帰る場所があるのかもしれない。自宅はひとつでなくていいし、自宅は宿住まいの気持ちでいいのかな、と思いながら傘をさした。小雨の尖った音がする。ふだん、東西南北の方角を意識しながら歩いている。こういう瞬間のためである。

咳をするようになった。喫茶に入る。冬らしくなってしまった。

振り返る夏の日はサイダーの弾ける香り。まだ煙の味も知らないサイダー。ある日気まぐれに下車した都市公団の真ん中にある高架駅から、4、5分も歩けば車通りも少ない閑散とした郊外が広がっていた。起伏の大きなバイパス。人も歩かないが街灯も申し訳程度に灯されていて、私が本格的にいなくても良い気になってきた。夏の夜、気味の悪いほどに涼しい。隣県の中規模ほどの駅に通じる小さなバスがたまたま通りかかったときは、心の底から安堵した。ゆるい悪夢みたいな心の悪さ。ここ、何処なんだ。何処にあるんだ。

冬に飲むサイダー。思い出すひとがいる。毎年思い出すしかない人物が、夏ごとに増えていく。

弾けた!