六月。夏はまだ先です。夏はまだ遠く。今はまだ、鼻先を、湿気た長雨がくすぐりかけたような、六月の季節のはじまり。
夏。毎年のように熱性の記録更新を果たす夏が、目の前の窓から遠く、スカイツリーの先あたりで、蜃気楼に乗せて揺れているのが確認できそうです。気怠くなります。七月や八月が、ゆらゆら熱気を帯びながら、じりじりと迫りつつあるこの事実。まったく気怠くなります。しかしこちらの街に届くのは、湿った冷気の匂いだけ。だって、まだ六月に入ったばかり。六月の季節がはじまりかけている、そんな時候なのです。だから、スカイツリーをゆがませる蜃気楼の手前、およそ西新宿の新都心あたりには、厚いねずみ色の雲がどこからともなく集まっている、そんなイメージを膨らませて夏から自衛しています、みたいな気分で過ごしています。
振り返る夏はたいがい無色の炎で、指先の数センチ手前、空気を震わせ燃えていたような気になります。実際の夏は、身体中が焼かれる実感よりはやく、内部から腐る気にさせるほどの酷暑なのですが、喉元過ぎれば、の法則でもあるのでしょうか。
夏。私は、記憶にある夏だけを愛しています。振り返ったときに、良いところだけ掬える夏が好きです。だから、八月に入れば有無を言わせず浴びせかけるような乱暴なそれとはまったく違うはなしをしているんです。実際の夏は心の底から煩わしいんです。ということで、夏が私の中心点からはずれたときに、ようやく夏を好めるみたいな、そういうズレた夏の愛し方をしています。少し邪道にも思えますし、そうですね、やっぱり夏は嫌いかもしれません。
目眩を起こしながら文章を書くあいだ、湿気と冷気のにおいを嗅いでいることに少し安心します。これからやってくるのは、夏ではなくて、音もなく湿気ていく長雨です。振り返る夏は年齢分たまっているし、もう来なくてもいいよ。
関係ないですが、書いているうちに体温が上がっていたようで、ガンガンに熱がありました。書くのが乗らないなあと思ったわけだ。おやすみなさい～。
