高橋ささら

 おそろしく東京は暖かくなり、追いつけない身体が置き去りになったまま。春に気付きだしたころにはその季節は折り返しを過ぎている。花粉に喘ぎながら見る桜。こいつ、知らないうちに咲きやがった。見事な姿。美しい。どうしたって浮ついている。下から望むほどに、季節も街も勝手に淡々しく染まっていくのを、冷えた身体が眺める構図。

 

 内定を頂いた。就職活動を本格的にはじめてから早半年。思いがけず、目の前にポンと現れた「内定」の2文字。言う分にはタダだから「ほしいなあ~」とは何遍も口にしたものの、いざ自分が得るのだと思うと、呆然としてしまった。内定って、どういう意味だっけ?

 とかなんとか実感を伴わずも、有難く頂戴することにした。これからお世話になります。どうぞよろしくお願い致します。身体が置いてきぼりの季節に、心の追いつくのを待ちながら、私は5月から社会人になる。本当に、私のことなのだろうか。パラレルワールドの大山ささら? 同姓同名の大山ささら? 履歴書ずれた高橋さん(誰?)の間違い?


 仮の自分を想像するとき、いつも女性の姿が現れる。ここでは高橋さん(誰?)として、仮の自分が高橋ささらだとしたら、しっかりがっちり女性の私だ。お化粧とかも楽しんだりして自分の容姿に手間をかける。かわいいものに目がなくて、部屋の中にはぬいぐるみの類が。コーヒーよりも紅茶が好きで、3周したのちごぼう茶にたどり着く。ホットペッパービューティーPontaポイントを貯めまくっては、仕草やら言動を賢くさせたりして狩猟の目も磨きをかける。
 でも、常に漂う暗澹たる空気。目の奥の光が薄いのは、自分の問題なのか、外の世界の問題なのか。セクシュアルな失言へのかわし方の上手さが即ち女性のスマートさへと結びつき、柔らかい言葉使いを知るたびに外野から揶揄される。そうかそうかと険のある言葉を乱発させると、周りからは誰もいなくなる。容姿の美しさに努めている。内面は容姿の奥にある。内面なんて、あってないようなもの。でも本当は、心がすべてなのだ。


 高橋さんが隣の履歴書にあって、どうやらふたりとも内定を頂いたそうな。めでたしめでたし。
 ……という、平べったい昔話をでっちあげたところで、高橋さんがどのような人物か知らないが、なんだか、まあ、同じようなものでしょうか。