散文:風

風。窓を無造作に打ち付ける音で目が覚めた。外はまだ暗い朝。カーテン越しの空は紺から燃えだす直前のよう。今日は強風に荒れるのだろう。春一番って、いつのことだっけ。そもそも、そんな言葉は古来からあるわけでなくて、昭和歌謡がヒットしてから浸透したみたい。スイートピーだって、松本隆の手にかかれば店先が赤色の新種でいっぱいになるものだ。春一番が吹くのはいつだろう。白いスイートピーを見たことがない平成生まれが、乱暴な風に叩き起こされました。

 

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ふたたび目が覚めたころには朝ラッシュが過ぎた平穏な頃合い。まるで台風一過。1ミリも動いていないカーテンから覗かせる空は高く澄んでいて、昼の帳が開き始めていることを知った。いけない。遅刻だ。急いで支度をする。回収作業は、まず起き上がることから。起き上がる。起き上がれ。……起き上がれない。いや、ちがう、起き上がりたくない。どうしても起きたくない。そもそも、どうして起き上がらなくてはいけないんだ。誰が決めたんだ。私か!どんどん、言い訳が強力な壁としてそびえ立ちはじめていく。相変わらず、風は荒く窓を殴る。

 

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焦るときほど時間がスローに感じる。となれば動きもスローに反転して、しかし秒針はきれいに働く。遅刻が進んでいく。電話を掛けた。すみません、○○時には到着します、よろしくお願い致します。失礼します~……。ちゃっかり1時間半もの猶予時間を確保した。そうと決まれば、どうして動きは俊敏になっていくのだろう。

 

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あやふやに到着した新宿は、あいも変わらず風が強く吹いていた。ストレートパーマをかけて久しい素直な髪が、右に左に暴れていく。くせ毛だったものを素直にすれば、戻すのもひと櫛で簡単、お手軽。ストレートパーマにするデメリット、なし!私はこうしてまたひとつ、天然パーマから決別宣言をしたのでした。大都会の真ん中に、コンクリートでこしらえた広場がある。そこには、幾本もの花水木が植えられている。見上げれば赤い実のひとつやふたつは成っていた。軽やかに鳥が枝にとまる。赤い実にくちばしをやる。気が付けば、くちばしの中に消えていった。人工物みたいな赤い球体が、あの鳥の体内に摂取されていったが、そうなると、鳥のHPは回復していく。いいゲームバランス。

 

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北よりの風が和らいで、頬に触れるぬるさを感じいるたびに、北国の氷のイメージが消えていく。この世に北国なんてなかった、だなんて調子のいい考えが浮かんで、でもほんの少し前、東京でさえ北国だったのだ。東か西かの風がゆるっと吹いている。

 

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梅が咲いたら写真を撮りに行こう。たぶんきみは梅が似合う。あとは夕陽の差す荒川の河川敷。今の季節がいい。とか、考えはじめてまた私の人生が回りだす。「安心な僕らは旅に出ようぜ」と歌った曲の解釈は無限にあるが、たしかに、旅に出よう。