コーヒーひとり
ひとりの私は余分な量のコーヒーを淹れた。
コーヒーがたぷたぷとドリップされていく。
その音が聞こえたかのような無音状態の朝、
私のコーヒーはさぞ美味しかろう。
小さなカップにさらさらと注ぎ入れる。
ひとりのリビングで、
私はひとり、
そう、
ひとりで飲む私のコーヒーは美味しかった。
隣り合わせに寂寥が、
寂寥とコーヒーブレイクしている、
とっても美味しい。
おままごとではない本当のひとりになりたいから、
ひとりとは何者か、
「ひとり」の解釈を辞書から抜け出したい。
どうして私はコーヒーを、
こんなにも美味しいコーヒーを持て余している。
静かで静かで、
荒れ散らした空間と私の、
とっても美味しいコーヒーとともに。
いとしい私のために、
どうか毎日コーヒーを淹れて。
いつかは一人暮らしをはじめて。
文化資本高めな街で一人暮らしをはじめてみてよ。
きっとひとりで飲むコーヒー、
とっても美味しくて美味しくも噛みきれない固形物に苦心するね。
ひとりとコーヒーで生きているんだよ。
どうにもならない状態ならひとまず私自身の身体を抱きしめて。
それでもいくらも小さな肢体に絶望したあと、
絶望すらひとりじめできるマゾヒズムな喜びを知って。
ひとりになって。
ひとりを喜んで。
コーヒーひとくち。
コーヒーひとくち飲んで、
徐々に窒息しそうなほどに身体に入れた。
苦いコーヒー、
苦いコーヒーを。